NEC杯レポート Part 1

成田です。

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 坂本さんからNEC杯の報告リクエストがありましたので、
 何回かに分けてレポートしていきます。レポートし終わるまで
 時間がかかるかもしれませんが、なにとぞご了承の程を。
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1.国際色豊かな大会に!

 NEC杯第1回から第4回までの本大会への参加選手は、
「海外強豪招待チーム+国内推薦チーム」というごくごく限られた
プレーヤのみであった。その影響もありこれまでの参加チーム数は
全部で10チームから12チーム程であったと思う。
 しかしながら今年の第5回は一般参加も認めるという方式に変更
となり、結局今回の参加チームは全部で30チームという盛況ぶり
であった。
 30チームの内訳は以下のとおり。
  海外からの招待チーム  :10チーム
  海外からの一般参加チーム: 4チーム
  日本からの招待チーム  : 3チーム
  日本からの一般参加チーム:13チーム
 海外チームが14チームと約半数を占める国際色豊かな大会に
なったのは喜ばしく感じたが、日本からの一般参加チームのレベル
に少なからずバラツキがあるのが少し気になる所でもあった。
(参加メンバーの詳細については、NEC杯のホームページを
 ご参照下さい。)

2.試合形式は悩みに悩んだに違いない!

 試合形式はもめにもめたのだと推測する。というのは、チーム数
がほぼ決定してから予選の方法が2回も変更となったからである。
結局、16ボードの10ラウンドで再戦無しのSWISSを行い、
(4ラウンド/1日なので、2日と半日が予選)
上位8チームが予選通過、その後16×3の準々決勝、16×3の
準決勝、16×4の決勝という事に落ち着いた。
 限られた日程の中でなるべく皆が納得する方式を探るのは非常に
大変だったと思うが、予選をぎりぎりで非通過となった数チームに
とっては不公平感が募ったのではないだろうか。
(後述する予選最終結果は、かなりのドラマチック、人によっては
 スイスマジックとも言っていた。)

3.参加するには平日に有給休暇3連休が必要!

 毎年そうであるように、今年のNEC杯も平日の3日間が試合に
あてられた。今年は予選の3日間が2月8日(火)〜10日(木)
の平日であった。成田&伊藤陽一はいつものチーム(GOING)
での出場をゲラーさんから誘われたが、伊藤はこの時期多忙で全く
休暇取得の可能性が無く出場不可、成田も「連続3日の休暇はきつ
いが、延べ2日の休暇ならOK」という返事をした。この心は、
「伊藤と出場できないのなら積極的に出なくてもいいや」という
ようなものだった。
 ところがゲラーさんの意気込みはかなりのもので、成田のわがま
ま条件を全て満たすセッティングをしてしまった。すなわち、阿部
弘也さんがフル出場、成田が休暇を取れない分は清水誠也さんが
出場(阿部−成田と阿部−清水が半々で出場)という様にゲラー
さんが調整をしてしまった。こうなっては成田も覚悟を決めるしか
無い。半分出場のために大阪から上京する事になった清水さんは
「僕も元々半分しか出られない」とおそらく成田に気を遣って頂い
たコメントだと思うが、本当に感謝感謝であった。

4.ブルーリボンさまさま!

 阿部さんとペアを組んだ事はおそらくこれまで記憶が無い。
それだけに成田はNEC杯申し込み締め切り後の99年12月初旬
から不安がいっぱいであった。「いつどうやって練習したら良いの
だろう、果たして練習などできるのだろうか。ぶっつけ本番で海外
強豪チームと当たったら、成田は緊張してムチャクチャになるので
はないか....」などなど、不安はつのるばかりだった。
 阿部さんから会社に電話あったのは99年ブルーリボンの2日前
であった。「ブルーリボン僕とやらない?」 そうして結果的には
NEC杯のための練習になったこの試合でも、望外の2位となり、
気分を良くしてNEC杯を迎える事となった。
 もちろんブルーリボンの直前に、ゲラーさんから阿部さん2/1
GFサマリーをFAXしてもらったり、吉田勝君(これ迄阿部さん
と良くペアを組んでいた)に阿部さん情報(ビディングスタイルな
ど)をネホリハホリ聞き出したりして、成田なりの努力をした。

 え?早くハンドの話しをして?
 はーい、次のメールから報告しますです。

(つづく)